About Us

hinataについて

代表取締役/クリエイティブディレクター

志村一郎

Ichiro Shimura

幼少期、私は動物と工作が好きな子どもでした。

自分の「好き」の原体験を探ってみると、はっきりと2つの体験が思い出されます。
一つは、母からファーブル昆虫記を買ってもらい、見たことのない動物たちの生態にワクワクしたこと。もう一つは、リビングの壁に糸を張ってロープウェイをつくったこと。重力で勝手に下るだけの簡単なものだったけれど、自分で仕組みを考えてつくった初めての体験だったように思います。

小学校の卒業文集で書いた夢は発明家。そして、宇宙飛行士や宇宙物理学者を夢見た10代、本気で動物写真家になろうと思っていた20代前半を経て、今、私は「つくること」を生業としています。

「こんなものがあったらいいな」を想像し、仕組みを考え、つくる。
職業は“発明家”ではないけれど、ある意味、似たようなことをしていると思います。結局、子どものころから自分の「好き」は変わっていなくて、不器用に好きなことをし続けているのでしょう。「三つ子の魂百まで」とは、よく言ったものです。

私たち大人は、子どもたちに対して「大きくなったら何になりたい?」とよく問いかけます。しかし、子どもたちは、すでにその子自身であり、成長して他の何者かになるわけではありません。

誰もが、何者かの役を演じるのではなく、自分自身の可能性を広げ、人生を思う存分楽しむ。そんな未来を紡ぐために大切なこと、それを、私たちHINATAの新しいコーポレートメッセージとしました。

「想像しよう、100年後の今日を」

これは、コンテンツをつくることを生業としてきた私たちが、これから先、何を何のためにつくるのか、その根本を問い直すことでたどり着いた思想でもあります。

これから先、私自身に残された人生の時間を何に使うのか。
ずっと好きで続けてきた「つくる」の定義を大きく広げ、繋げたい未来のために想像し、考え、つくり続けたいと思っています。

PROFILE

大学では動物生態学を専攻。山に入りカモシカを追いかけていた。卒業後は、動物写真家を夢見て広告写真家のアシスタントに。その後、趣味系ライフスタイル誌の編集に携わり、企画、編集、ライティング、ディレクションのスキルを身につける。広告業界に転身後はディレクターとして活動。2008年、デザイナーの末冨とともに株式会社HINATAを設立。
家庭では、長女と双子の3人姉妹の父。暮らしやコミュニティのあり方、自然との関わり、教育、子育てなどに関心を持つ。

アートディレクター/デザイナー

末冨拓

Tak Suetomi

“デザイン”という言葉をWikipediaで引くと、「デザインの語源はデッサン(dessin)と同じく、“計画を記号に表す”という意味のラテン語designareである。また、デザインとは具体的な問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを様々な媒体に応じて表現することと解される。」とあります。

近年、多種多様な文脈で“デザイン”という言葉は使用されるようになりました。“デザイン”の本質は、そこにあるアイデア・思想のようなものの中核を捕獲し、構造や図形・意匠等で可視化し、利用可能な状態へと変換する行為だと私は考えています。

「見えない何か」を的確に取り出し表現したデザインというのは、その分野がどんなものであれ、たまらなくゾクゾクワクワクするものです。

実に広範な領域で“デザイン”は用いられます。社会をデザインする、コミュニティをデザインする、家をデザインする、服をデザインする、広告をデザインする、ホームページをデザインする…。
とても大きな文脈から日用雑貨まで。これら全てに“デザイン”は関係しています。そして、優秀なデザイナーというのは、これら全ての領域を横断し思考しながら一つの目的を達成していくのだと思います。

私は社会をデザインするような大それたデザイナーではありませんが、常に社会と向き合いながらデザインを行う事を意識しています。
世の中に優れたデザインが溢れれば、きっと世界は素敵になると信じているからです。

“デザイン”はそれだけでは何の役にも立ちません。アイデアや目的等があってこそ、はじめてその役目が発生します。デザイナーの仕事はそこにある、「モヤモヤした“何か”」を取り出し、表現するお手伝いです。

私は素敵なモヤモヤに出逢うととてもワクワクし興奮します。
そんなワクワクするモヤモヤに出逢える日を楽しみにしております。

PROFILE

10代を千葉県の広大な田園風景の中で過ごす。10代後半~20代前半まではバンド活動に没頭する。20代前半よりデザインの学習をはじめ、その後株式会社HINATAを設立。2020年より20年暮らした都心を離れ、三浦半島の山と海に囲まれた地域へ居を構え男児2人の父。ミュージシャンとしての側面も持ち、好きなものはお酒と料理と漫画。

テクニカルディレクター/エンジニア

川原雄樹

Yuki Kawahara

1990年代、私はアルバイト代を貯めて初めてのパソコンPC-9801RX2を買いました。
クロック周波数わずか10MHzのCPUは自由に音を奏で、絵を描画して魅力的な世界が広がってゆくのを感じたものでした。

それから四半世紀以上の時が経ち、人工知能の発達やヒトゲノムの解析も進み機械がひとの友人となる日も近づいてきたように思えます。ただ、その実現はまだちょっと先のお話で、もう四半世紀、それこそシンギュラリティ到来くらいまでの時間が必要ではないかと私は感じています。現在はまだ、技術がひとをいかに幸せにできるかはそれを扱うひとの心にほぼゆだねられていると。

かつて幸せの国と言われたブータンはここ10年ほど幸福度の低下が続き、近年ついに圏外となりました。農耕や遊牧で生きてきた彼らがこの結果に至る背景には、通信技術の発展によって、他国と比較して自らを客観的に認識するようになったことがあると言われています。
また私の身近においても、若い世代との会話の中でその言葉からは、この高度な情報化社会の中において自己評価の基準対象が常に世界となり、その壁の高さに思い悩んでいる様が時折垣間見えます。
これらは、技術が発展しようともその扱いを誤れば必ずしもひとの幸せに寄与しない例であり、私が技術を扱う者の一人として憂いを感じている出来事です。

エンジニアとして技術の探求は命題であるものの、それ以上に自らの手の届く範囲の人たちへ真摯に向き合う、ごく普通のやさしさを持って物づくりを続けてゆきたいと思います。
料理人がおいしいごはんで笑顔を作るように、医師がその手で痛みを和らげるように、ひとを幸せにするプログラム作りが私の理念です。

PROFILE

幼少期は父の影響で釣りや日曜大工、秘密基地遊びが高じて野宿やキャンプに没頭するかたわら、壊れた機械を集めては直す趣味が発展しオーディオマニアをかじる。学生時代はコンピュータ部運営などをしつつデスメタルバンドを少々。社会に出てからは製造業や建築業で肉体精神ともに揉まれた後、フリーエンジニアなどを経てSIerに所属し、大手の携帯キャリアやITベンダー勤務を経験。HINATA設立直後から、エンジニアリング分野の屋台骨を支えている。

COMPANY OVERVIEW

【会社名】 株式会社 HINATA
【代表取締役】 志村一郎
【設 立】 2008年
【資本金】 1,000,000円
【住 所】 〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1-23-21 co-lab 渋谷キャスト
【電話番号】 050-5491-5569
【e-mail】 info@hi7ta.com

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お気軽にお声がけください。
良い出会いがあることを楽しみにしております。

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